2007年3月 1日 (木)

070301分福茶釜

  しょうじょう寺とくれば、館林市茂林寺のぶんぶく茶釜です。ここにはまだ出かけておりませんが、是非行ってみたくなりました。藤の花の季節に出かけて見ましょう。ということで予習です。ちょっと長文すぎだけど…

『ぶんぶく茶釜』
  昔、あるところにお爺さんとお婆さんが住んでいました。二人はたいへん貧乏な暮らしをしていました。ある日、お爺さんは町へ買物に行きましたが、お金をほんの少ししか持っていないので、たいした買物はできませんでした。帰える途中、わなに捕まって苦しんでいるタヌキに出会いました。
「おいおい、そこ行く爺さん、おらを助けてくれろー」
お爺さんは、
「あんれまあ、気の毒なことじゃ」
といって、そのタヌキを助けてあげました。するとタヌキがいいました。
「助けてくれてありがとう。爺さんにお礼がしたい。おらが茶釜に化けるから、そいつをお寺の和尚に売りつけるといい」
「ほぉ、そんなことがでけるんか」
「できるとも、三両には売れるさ」
お爺さんはタヌキが化けた茶釜を持って、いそいそとお寺へ向いました。

「和尚さんや、めずらしい茶釜を持ってきたで、買うてもらえんかの」
「こりゃぁええ茶釜じゃなぁ、これは大したもんじゃ、うんこれもろうとく、いくらじゃな」
「へぇ三両では…」
和尚さんは、
「えろうたけえのう。でもまあ、値うちもんじゃぁ仕方なかろうがの」
と三両で買ってくれました。

「小僧や、今晩はこの茶釜で茶をわかして飲むとしよう。よくみがいておきなさい」
「へぇ」
小坊主は、いいつけどおりに、井戸端でゴシゴシたわしでこすりました。すると茶釜が叫けんだのです。
「いていてー、これ小僧、そろそろ洗え、皮がむけてしまうて」
小僧はびっくりして、和尚さんのところへとんで行きました。
「わー、和尚さまぁ、茶釜がしゃべるー、そろそろ洗えっていったぁ」
「そうか、いい茶釜だからな、音が響いてそう聞こえとるんじゃ。みがくのはもうええから湯をおわかし」
「へぇ」
小僧が茶釜に水を入れてかまどにかけると、
「あちあちい、これ小僧、熱いからちょろちょろたかんかい」
小僧はまたまたびっくりして、和尚さんのところへとんで行きました。
「わー、和尚さまぁ、こんどは、熱いからちょろちょろたけっていってますぅー」
「そうか、値うちもんじゃからな、湯の音がそう聞こえるんじゃろ。もう湯飲みに汲んだらどうかな」
「へぇ」

  小僧がかまどへ戻ってみれば、茶釜から足が出て、手が出て、しっぽがはえてきました。
「和尚さまぁ、大変だぁ」
小僧が和尚さんを呼んでるうちに、タヌキの正体が現れてしまいました。そしてタヌキは、お爺さんとお婆さんのところへ、泣いて逃げ帰ってしまいました。

  タヌキがいいました。
「お寺ではひどい目にあったぞぃ。今度は茶釜が綱渡りをするというのはどうだ。見世物小屋を開くから、爺さん、木戸銭もらえ」
ということで、タヌキはお爺さん家の中に綱を張り、商売を始めると、これがなんと大あたり、たくさんのお客が見物にやってきました。お爺さんとお婆さんはたちまち豊かになり、タヌキも一緒に楽しく暮らしたとさ。

  こんな感じの話らしい。この話は小僧とタヌキの掛け合いが、落語のようで面白い。これも孫が喜びそうな話です。

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2007年2月11日 (日)

070211証城寺の狸囃子

証城寺の狸囃子って、こんな話だそうです。

  むかしむかしあるところに、証城寺というお寺がありました。このあたりは、「鈴ヶ森」と呼ばれ、竹やぶが生い茂り、昼でも薄暗く、夜になると一つ目小僧やろくろっ首など、物怪が現れると噂されるような薄気味悪いところでした。
  ある月夜の晩のこと、このお寺の和尚さんが、ふと夜中に目を覚ますと、外からにぎやかな声が聞こえてきました。和尚さんはなにごとかと思い、雨戸をそっと開けて庭の方をのぞいてみると、大勢の大狸小狸がずらりとならんで、ふくらませたおなかをたたきながら踊っています。やがてその狸たちが一斉に声を合わせて歌い出しました。

しょうじょういんのぺんぺこぺん
おいらの友達ゃ、どんどこどん
しょうじょういんのぺんぺこぺん
おいらの友達ゃ、どんどこどん

  何度も何度もくり返しては、笛や腹太鼓にあわせてにぎやかに歌っています。見ていた和尚さんは、はじめはうすきみ悪く思いましたが、その狸たちがいかにも楽しそうなので、自分も楽しくなってしまいその歌を小さな声で口ずさみました。

しょうじょういんのぺんぺこぺん
おいらの友達ゃ、どんどこどん
しょうじょういんのぺんぺこぺん
おいらの友達ゃ、どんどこどん

  しまいに、和尚さんは調子にのってしまい、雨戸の戸板を手でたたきながら、足拍子までしていました。狸たちもそれに気づき、とうとう和尚さんとのおはやし合戦になってしまいました。和尚さんが「しょうじょういんのぺんぺこぺん」と戸板をたたくと、狸たちは「おいらの友達ゃ、どんどこどん」というふうに、それはもう楽しい一夜となったのです。
  そして次の晩も、またその次の晩も、いつもの時刻におはやし合戦が始まりました。ところが四日目の晩になると、なぜか狸ばやしがパッタリとやんでしまったのです。和尚さんは不思議に思い、あくる朝外に出て、あたりを調べてみました。すると庭の片隅に、一匹の大狸が死んでいました。その大狸はおなかの皮が破れていて、憐れな姿になっていました。和尚さんは不憫に思い、その大狸を手厚く葬ってあげましたとさ。

  うん、孫が喜びそうな話だ…。

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2007年2月 8日 (木)

070208証城寺の狸

Sho   『証城寺の狸囃子』で有名な護念山證誠寺が、千葉県木更津市にあります。童謡歌を作詞した野口雨情が、架空の寺として詩作するため、寺名の漢字は変更されていますが、童謡では『しょうじょう寺の狸ばやし』と平仮名で紹介されるようです。
  この寺に伝わる狸伝説は『分福茶釜』館林市茂林寺)や『八百八狸物語』愛媛県松山市)とならび、日本三大狸伝説に数えられます。雨情の作詞に中山晋平が曲をつけ、大正14年に『証城寺の狸囃子』を発表してから、狸好きの子供たちに歌い継がれてきました。
  そんなメロディは、大人たちにも受けたのか、戦後、ラジオの英会話講座のテーマソングに、「カムカムエブリボディ~」という歌詞で人気を博し、昭和30年代には外国人歌手アーサー・キッドにより、「ショーショーショウジョウジ~」の歌声で一世を風靡したことを思い出します。
  久しぶりに出かけてみた證誠寺でしたが、数十年前と比較すると境内も整備され、広い駐車場もできていて、その興隆ぶりにおどろいたところです。これも歌や狸のおかげかと思うと、芸術の力の偉大さを感じてしまいます。

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2007年1月 7日 (日)

070107七福まいり

  由緒ある「七福神詣で」のコースが東京にあります。谷中七福神、江戸時代の享和年間から続いているという。別に利やくを求めてというわけではありませんが、風流というものに浸ってみたいと出かけてみたわけです。
  正月に七福神を巡拝する習わしは、江戸時代後半の文化文政のころ、当時の風流人たちが、新春を肌身に感ずるために好んで行ったそうです。しかしながら、昨今、正月の親しみ方も多様化し、七福神伝統の話題は希薄なものとなってしまいました。こうして巡拝してみたいと思ったところが縁で、谷中界隈を歩いてみたのですが、松の内の七福神めぐりは意外と健在、江戸下町の正月を堪能させてもらえました。Shichifuku_1

長き夜の
  とおの眠りの皆目覚め
  波乗り舟の音のよきかな

→江戸時代廻文(まわしぶみ)

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2006年10月23日 (月)

061023柿の味

061023_2  

 

 

  

 

  わが家の柿の木は、3年連続ヘタムシにより全滅です。手もぎの柿の味、すっかり忘れてしまいました。田舎でもいできた柿、口にしてみると実にうまい。わが家の柿だって、なっていたらきっとこんな味だったはずです。自然の恵みは実にありがたい。思うように行かないのも自然なんですが…。

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2006年10月 7日 (土)

061007枯葉

Kakiha

トマトは終わり、庭の畑のナスの大木も片付けました。柿の葉も散り始め、コーヒーをやりながら、落葉に語りかけます。

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2006年9月 9日 (土)

060909マイファーム

Mayfarm_1    健康のため散歩もいいのですが、思い出に浸るか、偶然の出会いと発見を期待するだけで、なんかマイナーな活動のような気がしてしまいます。そこいくと、農園作業はプラン・ドゥー・シーが伴い、なかなかメリハリがあって楽しい。
  100円ショップの2袋100円の種は、結構ありがたいと思っています。今夏、地這いのキュウリなどは100本以上の収穫がありました。2本が1円未満なんです。
  さて、今度はラッキョウです。去年のものはうまくでき、気をよくしてますので2倍の収穫を目指します。その土作りの開始です。9月下旬に株植えします。

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2006年8月28日 (月)

060828そばの種まき

0608soba   今年は、少し遅めの播種となりました。昨年の蕎麦づくりでは、7月下旬に蒔いてますが、今回はひと月遅れとなります。当然収穫も遅くなると思います。種量は信州大蕎麦5キロ。
  計算すると11月下旬の刈り入れとなりますが、12月までガマンする予定です。そう、初霜にあてたいと思っているわけです。ひょっとしたら霧下蕎麦になるんじゃなーい? (^-^)
  ところで、土手下の草むらに美しい花を見つけました。2センチほどの小さな花でしたが、さてなんだろうか。

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2006年8月10日 (木)

060810スランプ

  片手間のホームページづくり。ニフティさんの無料ソフト「サクサク作成君」や
「noteブック」を使わせてもらって、書き込みしてきたのですが、とうとうサービス中止となりました。新たに市販ソフトを調達しなければならなくなり、リポート意欲も失せつつあります。
  というのは口実かな? 飽きたのかもしれませんな。
  ブログの方も、すっかりごカキコ無沙汰、ボケ防止策の怠慢で、その症状の加速が心配になります。ボケ? 認知症? まあ、なったときはなったときだ。のんびりとね。

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2006年4月13日 (木)

060413これが大桜

Yoshitakasakura   樹齢300年の印旛村吉高の大桜。4月10日に満開とのことです。ヤマザクラということなので、ソメイヨシノより開花は遅い。実際に見てみると、おー! これがオオザクラ! 300年といわれる枝ぶりに圧倒されます。口があんぐり、なんともいえぬ気分になります。根もとをぐるぐる、なかなか離れられません。
  雨上がり、畑の中を片道20分歩きました。往復40分は、頭の中がサクラサクラの時間になってしまいました。この桜も、まもなく散ってしまいます。惜しまれつつ…。

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2006年4月 4日 (火)

060404お花見日より

Kobayashi2
  印旛郡本埜村の小林牧場の桜が満開となった。…ようです。前日の強風が心配でしたが、散ることはなかったようで今日はいい花見ができました。ここは競馬訓練の牧場のようです。しかし馬の姿はありません。騒がしい花見客を避けて休暇中ということなのでしょうか。
  近くの印旛村に、樹齢300年を越えるみごとなヤマザクラの老木があります。それは見事な桜だそうで、地元の天然記念物に指定されています。先日出かけたときは、つぼみをたくさん付けていましたが、開花は中旬以降ということですので、改めて出かけてみます。山中で1時間も歩くようですが、一見の価値はあるのでしょう。

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2006年3月15日 (水)

060315サンシュユ

  近くに青葉の森公園という大きな公園があると聞き、見物してきました。車で出かけてウォーキングを楽しむにはもってこいのところです。散歩コースのバリエーションを拡大しておくことも、長続きの秘訣と考えこのコースいただきまーす。
aobaume4   園内は、親子やお年寄り連れ、ひとり者やらも、思い思いの時間をのんびりと、過ごしています。中央広場は、広さ約2.3ヘクタールの芝生広場で、ジョギングで汗を流す人たちがそのめぐりを走っています。奥の梅園、花は満開。
  梅林の中にひときわ目立つ黄色の花、札には「サンシュユ(山茱萸)」と書いてありました。調べてみたら、江戸時代中期に朝鮮から薬用として渡来したそうで、赤い実の果肉を干したものが、止血、解熱などに効果があるといいます。この木も春を告げる花をつけるということで、最近人気があるのかあちこちで見かけるようです。ミズキ科ミズキ属。
  来年どこかで、この花を見つけたとき、このくらいの説明ができたらいいな…。別に自慢したいということではなく、百ます計算や、任天堂ゲーム機で脳の老化防止を望むより、よっぽど実用的。(^-^)

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2006年3月 7日 (火)

060307梅園

mitoume  水戸の偕楽園、開花のニュースが聞こえてきませんが、関東薬師巡りのついでに寄ってみました。駐車場のおじさんの話では、昨年の今ごろは満開で、にぎやかだったとか…。今年は異常気象のせいで開花が1か月遅れているとのことでした。
  1分咲き。梅園はまだ冬景色のままでした。
  前回(H8.2.11)出かけたときは、全く咲いておらず、園内の好文亭拝観だけに終わってしまいましたが、今回は梅園を早々退散して、水戸市周辺の薬師5寺を巡拝して帰りました。

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2006年3月 3日 (金)

060303ひなまつり

  日本三大朝市は、能登の輪島、飛騨の高山、そして安房の勝浦とのことです。千葉県にそんな名物があるのかと思い見てきました。
ichi3  天正年間つまり戦国時代から続いているというこの朝市、勝浦城主植村土佐守泰忠が農業と漁業を奨励し、その産物の交換のために始めさせたといいます。朝市はほぼ毎日立てられるので、遠方からもバス仕立てでやってきます。売られているものは、魚類、野菜、漬物、植木、民芸品などで、さほど目新しいものが並ぶわけではありませんが、伝統と情緒豊かな朝市というシチュエーションが、客に受けているものと思われます。
  神社の石段いっぱいに並べられる雛飾りは、商店の青年会が飾り付けしたと言ってましたが、家庭で飾ることのなくなった雛人形を供出してもらい、参集客へのサービスとして始められたようです。
  どこかの山間の地域では、5月になると村中のこいのぼりを近くの川に飾り付けるという話を聞いたことがありますが、これに似ています。

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2006年2月24日 (金)

060224消毒薬

  メガネのフレームが接触して、コメカミ部分の皮膚がかゆくなるので医者に行くはめになりました。免疫力低下で雑菌に過敏になったのだろうと考え、薬箱にあったオキシドールで消毒するようにしていたのですが、なかなか完治しないからです。メガネを40年も愛用していて、いままでこのような症状はありませんでした。これも歳のせいなのか…と嘆きます。
  医者が言います。「メガネをかえたら」
  独り言、『軽く言いますけど、結構するんですが…、眼鏡屋の回し者か』
  医者が言います。「オキシドール? 昔の消毒薬ですよ。皮膚に使うのはよくないわ。刺激が強すぎてかえって悪化ますよ。それだったらマキロンの方がよい。今回はゲンタシンを出しときましょう」と軟膏の処方を受けました。
  傷の消毒というと、昔赤チンというのがありました。富山の神通川イタイイタイ病の問題で工場が閉鎖となり、赤チンは見られなくなってしまいましたが、それに代わって白チンと称されたマキロンが普及し、大衆薬となります。ん?  なんでマキロンを処方しないのかなあ。
  独り言、『あんた、ゲンタシンの回し者か』
  想像します。医者は高い薬を処方したいんだ。寄生虫のように病院の隣りに張り付いている薬剤師とできているに違いない。思い出すことがあります。昔、髭剃りあとの毛膿炎を東京の皮膚科で診てもらったとき、オ○ナイン軟膏をぬったとそこの医師に話すと、「そんなものは塗らない方がいい」といって、必ず別の軟膏をくれたものだ。医者というものは安い薬はきらいのなのでしょう。
  そんなこともあって、私は医者がきらいでした。医者の話は、半分しか信じません。でも医者に助けられた記憶はたくさんあります。消毒薬も症状によって用法用量を誤ると、病状は悪化するものと納得するようになりました。
  医者の言うことには、リスクは常に感じてしまうのですが、半分なんていわずにせめて4分の3ぐらいは、医者を信じられるようにありたいものです。すさむ医療の世界を知ってそう思いました。

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2006年2月12日 (日)

060212今日のお仕事

  日曜晴れ。まずはDIYです。押入れにある茶箱、昔から衣装箱に用いられていますが、今ではプラスチック製に取って代わられています。わが家の茶箱1個が、いっぱい衣装が詰め込まれているのか、十数年も同じ場所を動きません。おそらくここに入り込んだ衣類は、数年間出されることはないのでしょう。それほど重く、使い勝手が悪かったのです。要望もあって、キャスター取り付けにようやく腰を上げました。
  手がけたものの電動ドライバーの先が短く、ドライバー本体がキャスターの車輪にぶつかりうまくいきません。目ネジを斜めに差し込んで、底板に打ち込んだのですが、たかが4個のキャスターをつけるのに30分もかかってしまい、たいへん往生してしまいました。人には器用といわれてきましたが、実に虚しい限りです。人様をだまして生きてたんだなあとつくづく思いました。でも、茶箱は軽やかに引っ張り出せて、プラスチック製衣装箱にその座を奪われずに済んだようですが…。
  午後は畑を耕し、ジャガイモ栽培の床造りです。メイクインとキタアカリの種イモを後日植える予定にしています。昨年末に借りた畑地の土を返したのですが、石灰を入れないといけないようなので、またホームセンターへ行く破目になってしまいました。なんとか耕作は終了しましたが、肥料がなじむまで2週間待たねばなりません。段取り悪いなあとつくづく…。
  さて夕方は、居間の引き違い戸の開閉不良修理。経年で鴨居が落ちたのか、敷居があがってしまったのか戸がはずれません。ジャッキで押し開こうと思うのですが、140センチほどの角材が必要です。恥を忍んで近所から借り、なんとか戸車の交換を完了しました。恥ずかしいって、いくじがないなあ。
  不器用さ、段取り悪さ、恥ずかしさ、いろいろありましたが、今日もなんとか晩酌にありつけました。 ヽ(ー_ー )フウ

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2006年1月22日 (日)

060122文芸評短歌5首

  90歳の母親の病臥を期に、ある方の歌集を改めて読んでみました。評せる立場ではないのですが、いま心に留めたい数首について書いてみます。

慎しみてをれば神の加護ありと
聞けどもわれは自力を欲す

  神の加護を信じつも思うに任せぬ場合は、自らの努力を一義に考えざるを得ない。当の私は神仏の加護などを信じる心は欠落している。宗教は人類の知恵でしかない。「無苦集滅道、無知亦無得」、経典ですらいっているではないか。しかし、自らがどうしようもないものは認めざるを得ないのだけど。
  いみじくも母がいう、「若いもんは新しい服を着ていいが、としよりだもの、としよりは古いものを着てればいいんだ。食べるものも、としよりはたくさん食べる必要はない。贅沢はいらね」と、少欲知足、他力精神に徹して慎ましくある。与えられた命の中で、いかに生きるべきか、いかなる心を完成して死ぬるべきか…、それを教えてもらっているような気がする。まさに宗祖のことばである。この歌、他力を理解するも、自己の立ち進まんとするところの決意表明をなしている。

わがうちを洗い清むるいかづち雨
庭の草木も素直に濡るる

  川の流れを見て人生を振り返り、星空を眺めて夢を馳せる。自分の生き方の指針を探る方法として承知する。私は、この歌のようなシチュエーションが、実に理解できる。サラリーマン社会では、プランドゥーシー(計画、実行、総括)が求められるが、自分の日々の生活にも必要な作業に思える。
  何をなすべきかを決定し、それを行い、そして静寂に身をおいて、今日一日の喜怒哀楽を省みて、胸のうちの高ぶりを消沈させ、今日の行いを消化する。この結果を明日への糧としていくべきなのではないかと。きびしく雷雨にあてられたような反省が身を清めてくれるのであろう。

生かされてゐる思いならむ病室に
今日わが母は古希を迎えき

  学があろうとなかろうと、口うるさかろうと寡黙であろうと、母親の存在は偉大だ。自分が老いてゆくにつれ、病床の母親はますます哀れに映る。まるで自分の行く末を暗示しているようにも見えてしまう。子は親の鏡というが、親もまた子の鏡なのだろう。そんな母親への思いが伝わる。

胆石の手術終へたる老母に
秋づく一日一日尊し

  母存在の慈しみを感じる歌だ。看病では、とかく家庭内が暗くなりがちである。生かされる身として、どうしようのないことなのだろうが、光明を見つける努力は続けたい。逃げずにそれに向かい、ナーバスな感情に身をおかないようにすべきであろう。日々是好日の実践か。

老母の仕立てし蒲団に包まれて
この温もりを永遠にと願う

  自分のできることはなんでも手がける母親。戦前を歩んだ人たちの生活は精神生活であり、時間効率、高級感覚、簡便さを求めてすぐ購入してしまう現代人の物質生活からすれば、合いいれないものがあろう。しかし、ものを造るよろこび、それを供される側のありがたさを思えば、なんと心の通った仕業ではないか。人が互いに穏やかになれる秘訣は、こにあるのかもしれない。

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2006年1月 9日 (月)

060109息を引き取る

  今朝もラジオのコメンテーターから勉強させてもらいました。親と子の心が離れ、日本の文化が継承されなくなったと、こんにちの世相を憂慮しての話でしたが、途中からなので話の詳細は分かりません。
  「息子」、や「息女」に用いられる『息』という漢字の意味。単なる呼吸の息を意味するものではない。親の文化を子に受け継いでいくということ。親は子よりも経験を積んでいて、子は親にたずねることで生きるすべの情報が得られるのに、聞くことはなくなってしまった。親も忙しさを理由に、子供との対話を損ねるようになってしまった。親子に限らず現在の大人と子供という関係も同じなのだろう。人が死ぬのを「息を引き取る」というが、単に人が死んでいくだけの意味ではない。その人の文化を引き取るということなのだ。水泳でも息継ぎが大事なように、先祖からの文化にも息継ぎは重要である。
  なるほどと思うコメントです。「利息」という漢字にも『息』が使われますが、『息』には増殖するという意味もあります。礼儀作法や伝統文化が、人間が生きるに便利なものとして考案され、積み重ねられてきたからこそ、こんにちがあるのでしょう。

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2006年1月 6日 (金)

060106七福神めぐり

  佐倉市に七福神があります。福徳のある1年を願って巡ってみました。ご存知、恵比寿、大黒天、毘沙門天、寿老人、福禄寿、弁財天そして布袋尊の7神です。寿老人の寿命、大黒の有福、福禄寿の人望、恵比寿の清廉、弁財天の愛敬、毘沙門の威光、布袋の大量、人間にとって尊いといわれる七つの宝をもたらすといいます。  この七神信仰、七難即滅七福即生という仏教典の教えが受け入れられていて、神仏混こうの時代のなごりを感じます。

  麻賀多神社 恵比寿と福禄寿shichifuku
  妙隆寺    大黒天
  大聖院    大黒天と布袋尊
  松林寺    毘沙門天
  甚大寺    毘沙門天
  嶺南寺    弁財天
  宗円寺    寿老人

  朱印色紙、額に納めるとなかなかいい。居間に掲げておけば、来客との話題に事欠かない。

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2005年12月31日 (土)

051231年越しそば

sobasoba

  2005年最後の日、年越しそば打ちです。自家製粉のそば粉を、どのような状態で打とうかちょっと迷いました。製粉設備の都合で、ほぼ挽きぐるみ状況になっているので、果たして水回しのあとのまとめはうまくいくのか…。前日の試食では、強力粉20%の二八そばとしましたが、ボソボソ感が強く、のど越しもいまいちでしたので、今日はつなぎ粉を25%としてみました。色は黒いが腰は強く、なかなか美味な仕上がりとなりました。ご近所さんからも感謝の言葉をいただき、達成感に満足です。
  よいお年を…。

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